白地に黒の線で菱形模様が施されたベニワレンラグ。インテリア雑誌のスタイリングなどで目にすることも多くなり、近年、インテリアアイテムとしても注目される存在になってきている。その火付け役とも言われるのが、1960年代から70年代のミッドセンチュリー期に活躍し世界にその名を馳せたル・コルビジェ、チャールズ・イームズなどの建築家やデザイナーたちが自らデザインした建築物に好んで使用したことで、一気に欧米各国に、ベニワレンラグのデザイン性やクオリティなどに注目が集まるようになってきたそうだ。特にフィンランドの建築家アルヴァ・アアルト自邸でベニワレンラグが使用されたことで、北欧家具と合わせるラグとしても定着し、その後の北欧家具の人気と合わせて、北欧家具の世界観とセットでその存在が世界的にも知られるようになった。シンプルな白地に黒の線で描かれた菱形模様は見方を変えれば、平面のラグに立体的な印象を与え、空間の中に建築的な要素として合わせられていたということもうかがえる。そういったことも有名な建築家やデザイナーを虜にした理由なのかもしれないが、どのような家具や部屋のテイストであっても不思議と程よくマッチするベニワレンラグの魅力はいったいどこからくるのだろうか。
ベニワレンラグの産地は、西は大西洋に、北は地中海面する国モロッコだ。モロッコというと、映画「カサブランカ」の舞台や観光地としてはシャウエンの青の街並をイメージする方もいるだろう。さらにモロッコ通は、モロッコで飲む砂糖たっぷりのミントティーが世界で一番美味しいなどと言うかもしれない。そんなモロッコの歴史は古く、文字を有する前の先史時代からベルベル人という先住民がこのエリアで生活を営み始めたことからとされている。ベルベル人が生活を営むエリアにはモロッコ、アルジェリア、チュニジアを跨ぐアトラス山脈が連なる。大西洋を流れる暖流などの影響でサハラ砂漠が広がる北アフリカの地でありながらも雨季があり、高地であれば降雪もあるそうだ。その雪解け水や、降雨でできたオアシスの恩恵もあり農業も盛んに行なわれ、ベルベル人は年間を通して農業と遊牧のサイクルで生活している。つまり、一年の中で定住している期間と遊牧している期間が共存している半遊牧的な生活こそがベルベル人の特徴的なライフスタイルなのだ。
このエリアには7世紀以降にはアラブ人がアフリカの地を侵略し勢力を拡大してきて今では人口の65%がアラブ人なのだが、ベルベル人は現在まで独自の言語や文化を大切にしており、そのアイデンティティは脈々と受け継がれてきている。この生活文化のアイデンティティの一つとしてベルベル人が自ら作り、使ってきた生活道具がまさにベニワレンラグという訳なのだ。アトラス山脈に生息する小ぶりな羊の毛をふんだんに使用し、ウール本来のナチュラルな色合いでベニワレンラグは作られる。毛足の長いベニワレンラグは、寒い季節は暖をとるのに優れている他、通気性もあるので通年で心地よく使える道具なのだ。このエリアの生活には欠かせない大切なラグは、お祝いの贈り物や遊牧期間には寝具としても使われている。一点一点手織りで作られているので、同じ柄や色はないが、共通して施している菱形模様には「家を守る」という意味が込められているそうで、嫁入り道具として母親が手で織り、娘に持たせるという習慣も残っている。では、ベルベル人にとっての家はというと、夏の太陽の陽射し、そして冬の寒さから身を守れるように自然の土で作られた壁が印象的などことなく丸みを帯びた曲線でできた家で、遊牧時のテントであれば楕円を描いたような天井を持つものになる。ベルベル人が作るベニワレンラグは、こうした自然の曲線の家に合うようにデザインされているのだろう。
ここまでまとめてきたように、ベニワレンを生み出しているベルベル人の生活環境は、遊牧と農業、曲線と直線、砂漠と雨や雪、さらに社会・政治としてもアラブ人の侵略、スペインとの戦争、地中海の交易地としての繁栄、フランスからの植民地などの影響による自分たちの文化やアイデンティティとの攻めぎあいといったように、相反するものの間で自分たちの生活を工夫してきたということが窺える。そうした環境から生まれたいい塩梅を見つけていく価値観がベースのベルベル人がベニワレンラグを作ったことを考えると、どのようなテイストやスタイルの家具、空間にも合わせやすいということが不思議と納得できてしまうのではないだろうか。