
こだわり抜いて作られた木目の美しい家具、そして生活に欠かすことのできないデザイン照明。自分が生活していく空間がだんだんと整ってくるのはとても楽しい。そんな空間の中に一点、民族柄のアイテムを取り入れると空間にまとまりを与えてくれるということで、ここ数年の間で、インテリアの中でラグが注目を集めてきた。騙されたと思って試しに民族柄のラグを敷いてみると、今までモノトーンであった空間に柄というリズムが加わり、一つの生態系のようにそれぞれが呼応し始め、温もりさえ感じるようになってくる。私たちがこういった柄から温かみや愛着を感じるのはどういう訳なのだろうか。
ユーラシア大陸のトルコからコーカサス地方(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアなど)、イランやアフガニスタンが位置する西アジア、カザフスタンやウズベキスタンに渡る中央アジアにかけて、古代からラグが生活には欠かせない道具として親しまれてきた。ペルシャ絨毯などこういったエリアから生まれたものでよく耳にするものもあるのだが、今回注目したいのはイランを中心とした部族ごとに異なる柄を持ち合わせる「トライバルラグ」だ。
現在でもまだ多くの部族が残っているイランなのだが、古くから羊と共生している遊牧民たちにより土地の文化や文明が発展してきた歴史を持っている。その生活で欠かせないのがラグなのだが、自分たちがテント生活の際に、家畜であり部族の財産でもある羊の毛を使って生活道具を織ったことが「トライバルラグ」のはじまりとされる。カスピ海沿岸部分は亜熱帯でその他の大部分が乾燥地帯や半乾燥地帯に位置しているイランでは、それぞれの部族の生活拠点や移動エリアの気候や風習、環境によって「トライバルラグ」に織り込まれる紋様も異なってくるそうだ。
織り込まれている紋様は、幾何学柄が中心なのだが自分たちの生活の中で身近な動物をモチーフにした部族紋が織り込まれることが多い。部族の唯一の財産でもある羊を襲う天敵でもある狼の足跡や牙を象った紋様や、荒野を遊牧する際に欠かすことのできない恵でもある水を表す際には、そこに集う鳥をモチーフにした柄が織り込まれたりと、先祖から脈々と受け継がれている土地の特徴や注意しておきたいことが暗号のように表されている。そしてラグの中心には部族の繁栄や幸福を祈る地母神を表した模様も施される。さらには過去に起こった部族間の紛争の記憶などを後世に伝えるために残された柄などもあるそうで、自分たちが生活するための道具である側面がありつつも、紋様による後世への伝承物というまるで手紙のような側面もあることが興味深い。
織りについても経糸に綿、緯糸にウールを代表される遊牧民の生活に身近な素材を用いて全て手作業のパイル織で作られており、素材同士がしっかりと結ばれた形で丈夫に織られている。そのため接着剤などで裏面を固定する必要もない訳だ。さらにこうした織りの手法や紋様は脈々とそこの部族たちに受け継がれてきているので、下絵なしで織ってしまう方もいるそうだから驚きだ。繊維の色付けなども草木染めなど自然由来の染料で色付けされており、部族によって異なるのだが、赤い色は女性が色付けをし、紺色は男性が色付けをするという風習を残すところもあるそうだ。こうした自然の素材を活かして使って作られたものは、時間がたつと繊維や色合いが馴染んでいき、ものとしての価値も上がってくるそうだ。
こうした“経年美化”していくものがビジネスとしてだけ残されるのではなく、今でも部族の生活道具として前の世代から次の世代へと受け継がれているものが作られている風景はなんと美しいことだろうか。都市を中心とした現代生活を営んでいると、自然や自分とのルーツなどの“経糸”の繋がりとかけ離れた生活になっているのが現状だろう。私たちがトライバルラグを敷いた時に感じるあの空間の温もりや愛着は、こうしたトライバルラグから感じるルーツという琴線に触れ、自身のそれを呼び起こされているからなのかもしれない。是非そんなトライバルラグという遊牧民たちからの手紙を受け取ってみてほしい。