「これからみんなでブルーベリーを摘みに、森に行ってくるよ。」そんな会話がメールの最後の文面に書かれていた。これは、スウェーデンのテキスタイルブランドSPIRA(スピラ)とのメールでのやりとりの一コマだ。北欧諸国には古くからの慣習法で土地の所有者に損害を与えない限りにおいて、すべての人に対して他人の土地への立ち入りや自然環境の享受を認める権利「自然享受権」というものが存在し、森の中に自生するベリー類などは、節度を持ってみんながそれを享受している。何ともそのみんなでお裾分けし合うような光景が微笑ましくもあり、自然に囲まれた生活を羨むようなエピソードなのだが、スウェーデンのテキスタイルの首都と言われる「ボラス」で2004年に創業したSPIRAと日常的に繰り広げられているそういった会話は、いつも仕事ということを忘れてそんな気持ちにさせてくれるのだった。
SPIRAの創業メンバーでもあるアナ・スザンヌ・レナの3人の女性たち(現在はレナとスザンヌの2名でSPIRAを運営)はそれぞれ「ボラス」近郊で育っており、幼い頃からミシンや生地などに触れる機会も自ずと多かったそうだ。そう考えてみると、日々感じたことや自然に触れた感覚などをファブリックで表現することに慣れ親しんだ3人が一緒にテキスタイルブランドを立ち上げたのも、とても自然なことだったのかもしれない。
彼女たちがこのように生活に彩を与えるファブリックで表現する際に影響を受けた人物として1850年代から1910年代にかけて活躍した画家カール・ラーションとその妻カーリン・ラーションがいる。フランス印象派の画家に影響を与えたとも言われるカールは、自身の家族を題材に当時のスウェーデンの日常生活の風景画を数多く残した。パリ滞在時に出会った日本の浮世絵などからも影響を受けた構図や色合い、その情景から溢れ出す幸福感が人々の共感を呼び、大いに人気を集めた。対する妻カーリンは、“家の中のクリエイター”と称されるように、その当時90%以上が農業を行ない質素な生活を余儀なくされていたスウェーデンの人々の暮らしにおいて、自分たちの身の回りにある柄や色に遊びと創造性を加え、カーテンやタペストリーといったテキスタイルを飾ることで、明るくて素敵な居心地の良い生活や空間を作れることを先駆者として提唱していた。SPIRAは、この夫婦が100年以上前に感じていた、華美ではないけれど身の回りにある素敵な物に囲まれた生活は、心地良さをもたらしてくれるということを自分たちのプロダクトを通して伝えているのだ。
そんなSPIRAのファブリックは、石や雨、種、さらには小麦畑に風が吹く様子といったように彼女たちの身近に起きた自然現象や好きな自然をモチーフにしたデザインのものが多い。こういったデザインをデジタルプリントが増加している現在においても、白地の生地にインクの乗ったローラーで柄をつけていく伝統的な製法のロータリープリントを活用し、素材本来の手触り感などを表現しているのも特徴的だ。素朴な色合いを基調にしているため、さりげなく、だけれど屋内外でのどんな生活空間にも馴染み、アクセントや彩を与えてくれる。
寒くて暗い冬が長く続き、ある日を境にパッと至る所で花が咲き乱れる春、そして短い夏を満喫したらあっという間に秋を通り越してまた冬になる、スウェーデンの目まぐるしい季節の移り変わり。彼女たちが日々経験している自然や季節の変化の美しさを感じる豊かさをファブリックやテキスタイルを通してお裾分けをしているのかもしれない。そう、みんなでブルーベリーを摘みに行くように。
2002年にスウェーデンのポラスで創立されたspiraは、良質な綿麻を使用した環境にやさしいファブリックで知られるテキスタイルブランドです。レナ、スーザンの2人の女性オーナーが手がける自然をモチーフにした、大胆ながらもエレガントなデザインを特徴としています。カーテンからクッションカバーまで幅広いデザインが毎年発表され、そのファブリックは北欧をはじめ、イギリス、オランダ、ドイツなどでも広く愛されています